サラバ!? 愛しの縦写真

多くは語るまい。まずは、皆さんに違和感を味わっていただこう。

下の写真をご覧あれ。

大きな縦写真

いかがだろう。
こう思ったのではないだろうか。

写真デカッッ……!

と。

数多(あまた)あるWebメディアが日々、数多の記事をアップし続けているが、反面、見かけることが少なくなっているものがある。

それは、縦写真だ。

上の写真をご覧になって、「なんか写真デカいな」と感じてしまうのは、縦写真がWeb上の記事において見慣れないから、ではないだろうか。

Web上に無数に存在する“記事”において、縦の写真が使用されることは少ない。例えば今をときめくヨッピー氏が手がけたこちらの記事を見てみると……

34枚もの写真(丸抜きの人物写真は除く)が使用されているが、そのうち、縦の写真はゼロである。

これはごくごく一部の例証にすぎないが、なぜ縦の写真はWebメディア上でかくも存在感を後退させたのか。本稿ではその背景を考察してみたい。

で、お前は誰?

はい。はてな編集部の初瀬川と申します。雑誌編集を経てWebの世界に飛び込み、ごく最近はてな編集部に配属されたばかりのペーペーです。でも、わりとオッサンです。

オッサンだけどぺーぺー。涙しかない。

あ、ここからは「ですます調」にします。読む方も書く方も疲れちゃうもんね。

■ 縦写真が真価を発揮するとき

さて、Webでの使用頻度が低い縦写真ですが、雑誌においては今も昔も存在感抜群です。試しに、縦写真を雑誌のフォーマット上に置いてみましょう。

雑誌のフォーマットと縦写真

こちらは、A4判型の誌面を想定した、極めて基本的なレイアウトです。おそらく、一度は雑誌でこんなレイアウトを目にしたことがあるでしょう。

誌面の天地いっぱいに大胆に写真を置くことで迫力が演出され、かつ、実際の雑誌サイズで見てみれば被写体の造形や表情もよく見えます。

左ページのテキスト部分が同時に視界に入っていることも、重要なポイントです。写真とテキストという記事の基本的な情報要素に、視線を動かすだけでアクセスできるからです。

写真に興味を喚起され、テキストを読み込む。また、テキストを読んでいる途中でも、容易に写真に視線を戻せる。縦写真を使うことで、視線の「行ったり来たり」がしやすく、読み手はテンポよく情報を取得できるというわけです。

縦写真が雑誌というフォーマットの中で実に効果的であることが分かります。

■ Webで縦写真が使われない理由

では、なぜWeb記事において縦写真はあまり使われなくなったのでしょうか。その背景には、読む方向デバイスのサイズがあると考えています。

□ 読む方向、とは何か?

まず、読む方向について。多くのWeb記事が、上から下に向かって一方向に展開する、いわゆる「縦読み」の記事方式を採用しています。この縦読みの流れの中に縦写真があったらどうでしょう。

縦読みと縦写真

デバイスやブラウザのサイズにもよりますが、おそらく、上のように画面の大部分を写真が覆い尽くす状態になってしまうでしょう。繰り返しますが、記事の基本構成要素は、写真とテキストです。画面に写真しか見えていないという状態は、この基本構成要素が分断されてしまっている、つまり、情報を取得しにくい状態なのです。一方、これが横写真だったら……

縦読みと横写真

写真が見えつつ、その前後のテキストも画面内に収まっています。視覚的にテキストを追いやすく、かつ写真の情報もスムーズに取得できるでしょう。横写真を使用することで、記事内で述べられている文脈を把握しやすい、いわば読みやすい記事となるのです。

読みやすい、とは記事が持つべき極めて基本的な性能です。縦読みという記事フォーマットの中で、横写真が隆盛するのは、もはや必然かもしれません。

□ 小さい画面に大きい写真、あなたはどう思う?

もう一つ、皆さんが記事を読むデバイスのサイズも無関係ではありません。現在、記事が読まれる主戦場はスマホです。おそらく、多くのWebメディアで流入元の過半数はPCではなくスマホでしょう。

ひと昔前に比べれば、スマホの画面は大型化しましたが、それでも何かを読むのには小さめの画面サイズです。そもそも、縦読みという記事形式も携帯電話・スマートフォンでの読みやすさが考慮された形式です。この小さい画面に縦写真を使ってしまうと……もうお分かりでしょう。

小さい画面に縦写真

一番最初にご覧いただいた写真と同じように、画面はほぼ写真だけ、という状態になってしまいます。記事を読む、という心構えで訪問してくれた読者の方にとって、画面を縦写真が専有する状態は、写真が強すぎるのです。

上の「読む方向」のパートでも述べましたが、記事とは、写真とテキストの両者が適度に目に入っている状態が望ましいと僕は考えています。それは読みやすさの追求であると同時に、読者の方に対し、写真で圧迫感を与えすぎないためでもあるからです。

□ 縦の写真の強さを利用できる場合

一方で、縦写真を使い写真が強すぎる状態をうまく利用するWeb記事があります。ヘアスタイルカタログやファッションスナップといった記事がそれです。これは記事の中で最も重要な要素、つまりスタイルサンプルがよく見えるように、画面いっぱいに縦写真を配置している、と解釈できます。

読者の方も、この場合、記事を読むのではなく見る心構えで訪問していると推測できます。つまり読者の方が求める情報の優先度は「写真>テキスト」であるといえます。ビジュアル情報をより鮮明に見せる縦写真は、この場合、非常に有効といえます。

□ 記事の天地を圧縮したいのよ。編集者は

さらに追加で一つ(まだあんのかよ)。これは読みやすさといった要素は関係なく、完全に作り手側の事情です。

編集者の多くは、記事の天地の長さをできるだけ短くしたいと考えているのです。そうだよね。少なくとも僕はそうです。

なぜなら、記事の天地の長さは読了率、「記事を最後まで読んでくれる読者の方の数」に密接に関わっているからです。

スマホ越しに出会える読者の方はヒマではありません。記事が面白くない、あるいは読むのが面倒な記事は一瞬で離脱されてしまいます。

せっかく作った記事ですから、当然、作り手は最後まで読んでほしいと考えています。そして最後まで読んでもらうための工夫として、少しでも読者の方の面倒事を減らす、つまり、スクロール数を少なくするべく記事の天地を圧縮するのです。

天地を圧縮する上で、縦写真は言うまでもなく使いにくい素材です。試しに、縦写真と横写真を同じ数だけ配置して、記事の天地にどのくらいの差が出るのかを見てみましょう。

記事の天地の長さにどのくらいの差が出るのか

上の画像は両者ともに使用している写真の枚数、そしてテキストの文字数も共通です。しかし、写真の縦横だけでこれだけ天地の長さに差が出るのです。どちらがより少ないスクロールで記事の最後までたどり着けるかは、もはや語るまでもないでしょう。

こうして、編集者は横写真を使い、ときにテキストを調整し記事の天地の長さを圧縮するのです。

この調整技法の体系を編集者は、ALC(Article Length Control:記事長操作)と呼んでいます。うそです。いま考えました。

とにかく、記事の天地の長さが読了に関係するWebにおいては、編集者は横写真を使わざるを得ない、いや、縦写真を使いたくても使えない、という事情があるのです。

■ ロクロ写真は、横写真時代の申し子

Web記事における横写真の隆盛は、面白い副産物を生んだと僕は考えています。それは、俗に言われる「ロクロ写真」の流行です。ロクロ写真とは下のような写真です。

ロクロ写真

取材対象者が、手振りとともに何かを語ってくれているシーンです。この手振りがまるでロクロを回しているようだ、ということからロクロ写真と呼ばれるようになったのでしょう。

確かに、Web記事を読んでいるとこうした写真をよく見かけます。僕もインタビュー記事を編集していると、ついついロクロ写真を使いたくなる衝動にかられます。

なぜ横写真が多いと、ロクロ写真も増えるのか。それは横写真における、インタビューカットの構図に起因していると推測します。

□ 人体と写真の縦横のカンケイ

言うまでもありませんが、人体は縦長です。縦長の被写体を写真内にいい塩梅に収めるには、基本的に縦の構図を選択するのが自然です。下の縦横の比較画像をご覧ください。

縦横の比較画像

いかがでしょう。こちらは同じ被写体を、ほぼ同じ角度から撮影したものです。縦写真はいい具合に被写体が収まっていますが、横写真の場合、余白が大きすぎて安定感に欠ける写真に感じます。

もちろん、被写体のポーズを調整したり、顔などにクローズアップすることで、人体を横写真内にいい具合に収めることは可能でしょう。しかし、上半身全体を収めたプレーンなインタビューカットを撮影する上で、直立しただけの人体では面積不足なのです。

この面積不足を補うものとして、ロクロポーズが重用された、と僕は考えています。これも、比較写真を見てみましょう。

ろくろポーズの比較画像

両写真はほぼ同じ角度から撮影を行っています。が、ロクロ写真の方が、写真内に占める被写体の割合が多く、安定感のある写真に感じられます。

少しでもいい写真を使いたい、という作り手の心理を考慮した際、ロクロありとなし、どちらが選ばれる可能性が高いかは自明でしょう。

インタビュー記事を作る

横写真しか使えない

そのなかでいい写真を使いたい

ロクロ写真を選ぶ

横写真の隆盛は、このような連鎖反応を起し、同時にロクロ写真の隆盛を生んだ。僕はこう考えるのです。

■ げに奥深き、記事作りの世界

紙からWebへ、そしてスマホへ。記事が読まれる環境は、すさまじいスピードで変化しており、それに合わせて記事のフォーマットも変化してきました。変化の過程で、横写真の隆盛という最適化が行われ、その中でさらにロクロ写真というトレンドが生まれる。記事を作る、という行為を考察すると、なんとも深遠な世界が見えてきます。

写真とテキストだけではありません。SNS、動画、VR、ARなどなど、記事作りに関わる要素はさらに多様化しています。こうした世界で「何をどうやって編んでいく」か。先のことを考えると、まだまだ編集者という仕事にワクワクするのです。ぺーぺーのオッサンですが。

はてなでは、1枚の写真にこだわり、さらに多様なWebの世界を編んでみたい編集者を募集しています。

hatenacorp.jp